本研究の目的は昆虫病原細菌Bacillus thuringiensis(Bt)の殺虫性毒素タンパク質の、タンパク質を認識する「認識タンパク質群」としての実態を明らかにする点にある。そこでまず、殺虫スペクトルの異なる3種類の毒素タンパク質を用いて、並列してそれらの認識対象について調査した。その結果、研究室にあった21種類のタンパク質の内10から11種類のタンパク質にそれぞれの毒素は結合した。また、それぞれの毒素の結合対象は80%以上が共通していたが、毒素ごとに特異的に結合するタンパク質も見られた。すなわち、毒素タンパク質は多くの結合対象(タンパク質)を持ち、殺虫特異性が異なる割には多くの共通したタンパク質に結合することが明らかになった。次に、3種類の毒素タンパク質が共通して結合するRNaseAやカルボニックアンヒドラーゼのどのような部分構造をこれら毒素が認識し結合するかについて調べたところ、トリフルオロ酢酸やV8プロテアーゼで分解して得られる80アミノ酸以下の断片に含まれる部分構造を認識することが明らかになった。現在、認識対象が抗体にとってのエピトープの様に、10残基程度のアミノ酸が作る単純な部分構造であるのか否かを検討している。また、結合タンパク質の一つであるカルボニックアンヒドラーゼはこれらの毒素が昆虫由来の培養細胞を傷害するのを阻害した。従って、毒素が多くのタンパク質に結合する仕組みは、殺虫性毒素タンパク質が受容体を認識する仕組みと同一であると考えられた。よって、毒素タンパク質が多くのタンパク質に結合する性質を介してBtは宿主域を拡大してきたとのではないかとの仮説が考えられた。
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