本研究では、ニワトリにおける抗体H鎖定常部遺伝子群の構成を分子生物学的手法によって明らかにし、またS、I領域が哺乳類のそれと類似した形で存在しているかなどについて塩基配列レベルでの解析を行なって、抗体H鎖定常部遺伝子群の発現制御機構を進化学的考察も含めて、総合的に理解することを目指した。遺伝子の組換えや繰り返し配列の解析を行うことを念頭に、その障害となる固体差(遺伝子多型)を排除するため、ニワトリにおける数少ない近交系のひとつであるV系統(H-B15)の肝臓DNAを用いてラムダファージ遺伝子ライブラリーを作製し、H鎖遺伝子J領域からμ鎖定常部までをカバーするクローン群を得た。このクローンを用いて、マウスのS領域(SμとSα)プローブとのクロスハイブリダイゼイションを行った結果、μ鎖定常部の上流側近傍に、マウスのSμ、Sα領域と弱く相同性のある領域を見い出した。この領域についてさらに解析するため、ここを含む、定常部第1エクソンの上流約5千塩基対の配列を決定したところ、上流側約4千塩基対と下流側(定常部遺伝子のすぐ上流)約千塩基対の2種のタンデムな繰り返し配列が存在することが判明した。この両者はいずれも、哺乳類のSμ領域の特徴である、5塩基を単位とする基本配列の繰り返しからできており、そのうち下流側の繰り返し基本配列、(C/T)(C/A)CAGはマウスのSμ、Sα領域の基本配列の相補鎖と相同であった。このことから、ニワトリでも遺伝子組換えによるクラススイッチが存在し、これを制御するS領域が存在することが強く予想される。実際のクラススイッチの際、この領域がどのように働いているかについて議論するには、他のアイソタイプについて同様の解析やその発現細胞における遺伝子構成などの解析が必要である。
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