本研究では、生体内において多岐にわたり恒常性の維持に重要な役割を演じているNO産生を触媒するNOS分子種の遺伝子発現、タンパク質含量および酵素活性の変動に水銀化合物が如何なる影響を与えるかを明らかにすることを主目的として種々の検討を行ない、以下の結果が明かとなった。すなわち、 1) 中枢神経系に障害を与えるメチル水銀(10mg/kg)をラットに連続皮下投与すると、大脳、小脳共に投与後5〜8日目において対照値より有意なNOS活性の上昇が観察された。その酵素活性上昇はnNOS遺伝子の発現誘導を伴わないnNOSタンパク質含量の増加に起因することがRT-PCR法ならびにイムノプロット分析より明かとなった。 2) インビトロにおいて、無機水銀、メチル水銀、エチル水銀およびフェニル水銀はnNOS活性を顕著に阻害するが、ジメチル水銀は阻害効果を有さない。SH化合物全処置ならびにマキュリーアフィニティーカラムを使用した結合実験の結果より、水銀化合物によるnNOS活性阻害は酵素タンパク質中のシステイン残基と水銀との共有結合に由来することが示唆された。 3) 腎臓に蓄積し、腎臓障害を引き起こす無機水銀(1〜4mg/kg)をラットに一回皮下投与すると、用量の増加に伴い腎臓中NOS活性は上昇し、逆にNOSと共通の基質を要求する腎臓中アルギナーゼ活性は顕著に低下した。この事実は生体内において、無機水銀はアルギナーゼ活性を抑制することでNOSに利用される腎臓中アルギニン量を上昇を引き起こし、そのためにNO産生を増加させる可能性を示唆している。さらにRT-PCR法ならびにアルギナーゼIIに対するポリクローナル抗体を用いたイムノプロット分析より、無機水銀による腎臓中アルギナーゼ活性の低下はその遺伝子の発現抑制を伴わないアルギナーゼII含量の減少によることが示された。
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