妊娠ラットに覚醒剤(methamphetamine以下MA)を投与し、胎仔に対する影響、特に心臓に対する毒性を調べるために、目的である心病変の出現を生じ、しかも全身に対しては重度な奇形を生じることなく心病変が起こり得る投与方法を検索した。その結果、Feinらの方法を基に以下の実験方法を確立した。10週令のWistar系ラットを1週間予備飼育の後、雌性ラット2匹と雄性ラット1匹を一晩同一ゲージ内にいれ、翌朝膣栓を確認したものを妊娠0日とした。妊娠8日、9日にMAを10mg/ml腹腔内投与し、対照群として生食のみを腹腔内投与した。妊娠20日(出産予定の1日前)にエーテル麻酔下に胎仔を摘出、各臓器を採取した。これら組織はDNA用として一部凍結保存し、光顕、電顕用試料を作成した。18匹の雌性ラットを用いて、MA投与群6匹、対照群3匹が妊娠した。胎仔数は、対照群43匹、MA群72匹で個体あたりではMA群は稍少なく、体重はMA群が稍大なる傾向があった。又、胎仔死亡数は対照群は0、MA群は4で、合指症等の奇形をMA群に4匹認めたが、肉眼的に明らかな心奇形はなかった。心臓を心室の半分の高さで水平断し、HE染色にて観察した光顕所見は以下の如くであった:対照群では、ほとんど異常は認められなかったが、MA群では、左心室、中隔は軽度に肥大し、心筋細胞は核は大きく細胞質はしばしば好酸性に染まり、むしろ横紋等は明らかである。又、時に心筋細胞内には空胞を認め、時に融解状を呈し、間質は軽度浮腫状であり、リンパ球の浸潤を軽度認める。又、いわゆるtriangle regionにおいて錯綜配列を示すものもあった。これらの所見は概ねMA群の半数に見られ、母体へのMA投与により胎仔に心病変が出現することが示された。電顕では、光顕で異常の見られたMA投与群において、核の消失、凝縮、筋原繊維の融解(myolysis)、均質化、ミトコンドリアの腫脹、クリステの消失などがよく見られた。また、一部心筋は変性、壊死に陥り、間質の増大、小円形球の浸潤などが見られた。一方、凍結保存した心筋については、Chelex法でDNAを抽出後AP-PCR-SSCP法により、MAによるDNA損傷を検討した。即ち、法医学の分野でよく用いられるSTRのうち、TH01及びY染色体上のSTRであるDYS390のプライマーを利用した2種類のAP-PCRを行い、ポリアクリルアミドゲル電気泳動によってSSCP法を実施した。対照群9匹、MA群10匹について検討したところ、両プライマーでそれぞれMA投与群のほぼ半数に、対照群と比してバンドの消失や過剰のバンドが複数ヵ所で観察された。
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