研究概要 |
我々は,ヒト細胞における癌化とアポトーシスの機序におけるsrc癌遺伝子の機能を,ヒト上皮細胞モデルHAG-1細胞を用いて,特にras遺伝子との関連で解析した.この細胞は活性型rasでは腫瘍化(造腫瘍性獲得)せず,rasの上流にあるsrcのみで腫瘍化され,しかもsrc機能阻害剤であるHerbimycin Aで完全に抑制された.このことはヒト上皮細胞の腫瘍化にはRas-Raf-MAP kinaseのカスケードの活性化のみでは不十分で,src遺伝子で活性化される別の経路の存在を示唆する.また細胞の接着班に存在し,細胞の接着時にチロシン燐酸化されるFAKが,v-src導入細胞でのみ恒常性にチロシン燐酸化されているのを発見し,FAKの機能と腫瘍化には深い関連があることを示した。またアデノウイルスベクターに組み込んだDominant Negative Ras(DN/ras)で,HAG/src細胞のras機能を押さえると,MAP kinase活性は著明に落ちるが,増殖能は約30%しか落とさなかった.おそらく,srcで癌化した細胞はsrc-mycの経路でcell cycleを回している可能性が考えられ,Mycの発現調節を検討している.しかしDN/rasはHAG/src細胞の軟寒天内増殖能をほぼ完全に抑制し,ヌードマウスでの造腫瘍性も全く消失させた.このことは悪性形質獲得にはsrc-FAKの経路だけでは不十分で,Ras機能の存在が必要であることを意味する.最近,rasの下流にあるRac/Rhoが細胞の形質転換,細胞骨格,細胞接着に重要であることが報告されており,このRac/Rhoがanchorage-independenceにsrcとともに絡んでいる可能性があるので現在解析中である.更に,親株のHAG-1細胞は基質に接着しない浮遊状態ではアポトーシスをおこすが,v-src導入HAG/src細胞は浮遊状態でも増殖する(足場依存性喪失).src阻害剤で処理すると,HAG/srcはアポトーシスを起こすようになるため,浮遊状態で失われたインテグリンからの増殖シグナルをv-srcが肩代りするため,HAG/src細胞はアポトーシスを回避できていると考えられる.更に我々はsrcが、転写因子であるSTATsの中でもSTAT3を恒常性にチロシン燐酸化していること発見し,v-srcによる核への情報伝達には,STAT3を介する経路も関与している可能性がある。
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