ヒト肝細胞癌は肝炎ウイルスによる肝細胞破壊と再生が反復して生じることにより誘発されると考えられている。我々はこのような発癌過程早期でどのような遺伝子発現の変化が生じるかを明らかにすることにより、ヒト肝生検材料を用いた肝細胞癌の早期診断あるいは高危険群の同定を試みた。ヒト肝癌では5mm以下の腫瘤を検出し採取することが困難であるため、発癌早期の発癌関連遺伝子のクローニングにはラット化学発癌モデルを用い、分離した遺伝子につきヒト肝細胞癌での発現を検討した。既知の発癌関連遺伝子であるグルタミルSトランスフェラーゼが高頻度に分離されたが、他にも既知の遺伝子といくつか未知の遺伝子も分離され、エメリンはその一つであった。エメリン蛋白の発現部位は通常、核である。肝細胞癌株ではその発現量が極めて微量であったため、抗体を用いて直接ヒト肝組織における発現細胞の同定を試みた。肝細胞癌組織では線維隔壁、あるいは門脈域にわずかに弱陽性細胞が孤立性に観察されたが、肝細胞癌あるいは周囲の肝細胞ではその発現を検出できなかった。周囲の非癌部ではオ-ヴァル細胞が陽性を示した。この成績より肝細胞癌腫瘤およびその周辺のオ-ヴァル細胞におけるエメリン蛋白の発現が示唆されたが、この発現増強は肝細胞癌ないし周囲の肝細胞における変化というより、腫瘤内の非実質細胞あるいは脱分化したオ-ヴァル細胞に生じる変化を主に反映する可能性が高いと考えられた。
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