従来、肝細胞を用いた実験の多くは初代長期単層培養肝細胞もしくは肝癌由来の継代細胞株を用いて行っていたが、一般に分化した細胞と考えられている前者においても、肝細胞間に再生してくる毛細胆管の発現は必ずしも十分でなく、有機陰イオンである蛍光色素の排泄は生体における場合と比較してかなり遅延している。このことは、肝細胞の分化・増殖を培養系で観察する上で従来の初代長期単層培養肝細胞が必ずしも最善の系ではないことを示唆しており、新しい実験系が望まれていた。今回我々は、2個の細胞間に毛細胆管を有し、生体と同様に良好な胆汁酸排泄能を有する初代短期培養hepatocyte doubletsを用い、肝細胞増殖・分化における細胞カルシウムイオン動態を細胞増殖因子の一つであるphenylephrineで細胞を刺激後に画像解析装置により単一細胞レベルで観察した。 その結果、70%部分肝切除後の増殖状態にある肝細胞においては、正常成熟ラットより作成した分化した肝細胞に比べ高率に細胞内カルシウムオシレーション(細胞内カルシウムイオン濃度の周期的変動)が観察され、またこの現象はphenylephrineの濃度依存性に周波数の増加をともなうという所謂FM変調(frequency modulation)によって制御されていることが判明した。細胞が増殖するときには分化した状態に比べより複雑な細胞内シグナル伝達が必要であることが予想されるが、我々のデータは細胞増殖時における細胞内カルシウムイオンの周期的な変動が、細胞増殖に必要なカルシウム依存性蛋白の活性化をより効率的に制御している可能性を示唆しているものと考えられる。 今後、種々の肝細胞増殖状態における細胞内カルシウムイオン動態を分化との対比において検討し、特に癌化の過程における細胞内シグナル伝達の役割を明らかにしてゆく予定である。
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