トルエン長期乱用者における動因喪失症候群(amotivational syndrome)では、積極性の欠如、無関心、感情の平板化、意欲の低下、集中力の欠如などが認められ、この症候群のメカニズムを明らかにするために以下の実験を行い解析した。 (1)GFAPの動態と電子顕微鏡的変化 有機溶剤の主成分であるトルエン高濃度(2000 PPM)の1ヶ月曝露群では、海馬全体においてGFAP免疫反応が増大し、特に歯状回ににおいてGFAP免疫陽性細胞・突起ともに染色性が高まり突起の面積も有意に増加した。さらに肥厚し染色性の高いGFAP免疫陽性突起が数多く顆粒細胞層へ進展する像が認められた。この変化はおおよそ1ヶ月でピークを示した。電顕では、1ヶ月曝露群では顆粒細胞の間を、太く電子密度の高いglial filamentを有したアストログリアが伸展する像が観察されたが明瞭な顆粒細胞の変性はみられなかった。3ヶ月曝露動物では、顆粒細胞群で明瞭に変性した細胞を捉えることができた。このことから、トルエン曝露に対して、短期間はアストロサイトの神経の保護作用が高まっているが、3ヶ月といった長期にわたる曝露においては、トルエンの神経毒性とアストロサイトの神経保護作用との均衡が破錠し、徐々に顆粒細胞が変性に陥っていくものと推定された。 (2)行動薬理実験 トルエン吸入後のラットの行動の変化を受動的回避反応により観察した。対照群・トルエン1・3ヶ月曝露群の動物を用いた。明室から暗室に入った直後に電気ショックを3秒間床グリッドに与え、直ちに取り出しホームケージへ戻し、24時間後に同様にラットを明室に入れ、暗室に移動するまでの時間(mean latency)を最大300秒まで測定した。対照群(289.45sec)、1ヶ月曝露(245.67sec)、3ヶ月曝露(60.56sec)と3ヶ月曝露ラットにおいて、有意な潜時の減少を認めた。このことから、トルエンの長期曝露により著明な学習障害が惹起されることが明らかとなった。
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