私たちは先に、レチノイン酸によるHL-60細胞の好中球への分化過程にNADアーゼが誘導され、この酵素活性がリンパ球表面抗原のCD38分子によることを明らかにした。CD38はアメフラシの卵巣巣より単離されたADPリボース環化酵素と構造上類似し、さらにその生成物である環状ADPリボース(cADPR)はIP_3と同様にある細胞内プールからCa^<2+>を放出させる作用、あるいはその調節因子として機能することが期待されている。本研究では、細胞内Ca2_+濃度を調節しうるcADPRの脳機能における役割を明らかにすることを目的とし、ラットを用いて脳内cADPRの局在や代謝に関する基礎検討を中心に行った。私たちが確立したcADPRのラジオイムノアッセイ(RIA)法を用いてcADPRのラット脳内の分布を調べたところ、大脳皮質、海馬、線条件、中脳、小脳、橋、延髄、脊髄の各部にcADPRが一様に存在している(150-200pmol/g tissue)ことが判った。この脳組織のcADPR量は肝臓などの様々な末梢組織(20-50pmol/g tissue)に較べて3-5倍多く、cADPRの脳組織での重要性がうかがえた。またラット大脳皮質を細胞膜、細胞質、シナプトゾーム分画等に分画すると、大脳皮質cADPRの約40%がシナプトゾーム分画に回収された。これらのことより、cADPRが神経伝達物質である可能性も考えられた。またヒト死後脳のcADPR量は齧歯類の脳内含量より2-3倍高い傾向が見られた。またcADPRの代謝に関する基礎研究として、弱いながらもcADPRの合成活性を示すヒト細胞表面抗原CD38にZn2_+を添加すると、その合成活性約4倍に増加することを見出した。さらに、ヒト死後脳のcADPR量を精神神経疾患患者(精神分裂病、アルツハイマー病、血管性健忘症、パーキンソン病)に関して調べたが、現在のところこれらの疾患では対照と較べて優位な差異は測定されなかった。
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