我々はH6〜7年度の研究(科研費一般研究(C)・課題番号06671036)により、TSH受容体遺伝子の発現調節に関与するプロモーターの構造と機能を解析し、そのcis-acting element及びそれに結合する種々のtrans-acting factorの性状について明らかにした。すなわち、この一連の研究でTSH受容体遺伝子のminimal promoter regionを同定し、この領域がこの遺伝子の甲状腺特異的発現調節にきわめて重要であることを示すとともに、自己免疫性甲状腺炎の発症に深く関与しているインターフェロン-γ(IFN-γ)のTSH受容体遺伝子のプロモーター活性に対する作用機構を明らかにした。得られた一連の結果のなかで特に興味のある成績は、TSH受容体遺伝子と主要組織適合抗原(MHC)class II遺伝子のプロモーターに共通の転写因子TSEP-1/YB-1が結合し、この2つの遺伝子を抑制的に制御することである。 平成8〜9年度の研究では、(1)TSH受容体プロモーターのさらに上流域を-4.2kbまでクローニングし、その構造と機能を明らかにした。TSH受容体プロモーターは上流域を-4.2kbまで伸張しても、その活性にあまり大きな変化が見られず、これまでに解析してきたminimal promoter regionの重要性が再確認された。その理由として、上流域にはTSEP-1/YB-1の結合配列が多数存在し、活性が基本的に抑制されている可能性が考えられた。ついで、(2)転写因子TSEP-1/YB-1に作用する薬剤の探索を試みた。この目的は、自己抗原であるTSH受容体と自己免疫反応の誘発に関与すると考えられるMHC class II抗原の甲状腺細胞における発現を同時に制御することにより、Basedow病などの自己免疫性甲状腺疾患の治療により有用な薬剤の開発につなげたいということである。今回の検討ではnicotinamideが用量依存的にTSH受容体とMHC class II遺伝子のプロモーター活性を増強することを見い出し、これはTSEP-1/YB-1のmRNAおよび蛋白レベルで抑制することを明らかにした。この結果自体が直接治療に結び付くわけではないが、転写因子のレベルで自己免疫性甲状腺疾患をコントロールしうる薬剤の可能性を示唆するものであり、今後も検討の余地があると考えられる。
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