本研究は、記憶や学習との関連性が注目されている中枢ニコチン受容体機能を対象として、放射性探索子およびそれによる本機能の無侵襲的インビボ解析法の開発、さらにこれを応用してアルツハイマー病などの脳神経疾患の診断法の開発や病因の解明に結びつけることを目的とする。一方、光学異性体が存在する化合物では、その両者は体内分布動態に影響する分子量、分子サイズ、脂溶性などの物理化学的性質は同じであるが、レセプターとの親和性に大きな差があるものがあり、両者の対象部位での集積量の差から対象レセプター機能をインビボで評価することが可能であると考えた。そこで、放射性核種として核医学画像解析に適した性質を有する123-ヨウ素を、また分子設計の母体化合物として対象受容体親和性の高いニコチンをそれぞれ選択し、レセプター相互作用に関する構造活性相関的考察により、従来にないピリジン環の5位に放射性ヨウ素を導入した(S)-5-ヨードニコチン((S)-IN)を設計した。モデル化合物を用いた放射性ヨウ素標識法に関する検討を基礎にスズ誘導体を前駆体とする合成法を開発し、高収率で目的物を得た。また、本化合物は、そのエナンチオマーであるR体よりも約80倍高い中枢ニコチン受容体親和性を示した。さらに、本化合物をラットに靜注し、その局所分布を調べた結果ニコチンレセプターの密度に応じた脳内局所集積を示し、インビボでも脳内のニコチンレセプターに結合していることが示された。さらに、脳内のマイネルト核にアセチルコリンの合成を阻害する3-ブロモピルビン酸(BPA)を局所投与した動物を作成し、この動物での(S)-INの動態を調べたところ、BPA投与7日後大脳皮質での(S)-INの取り込みは減少することが認められた。この減少はインビトロレセプターアッセイの結果とも一致した。このことは、マイネルト核より投射される大脳皮質でのアセチルコリンの持続的な低下が原因であると考察された。以上の結果から、(S)-INは中枢ニコチン受容体機能のインビボ解析に有効な性質を示すとともに、さらにアルツハイマー病などの核医学診断への利用の可能性も示された。
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