今年度は、ラヴォワジエによるアルコール発酵の研究、特に彼が1789年に出版した『化学要論』に記載された発酵の実験を取り上げ、関係のありそうな彼の実験ノートと手稿(パリの科学アカデミー文献保管所所有)を調べた。彼の残した実験ノートによると、この発酵実験の結果は、1787年4月に行われた実験を基としている事が分かる。しかも、出版の際、実験のデータを39.0244倍した値に変えてしまった。『化学要論』によれば、原料として使用されたのは水、蔗糖、ビール酵母、生成したのはアルコール、酢酸、二酸化炭素であり、更に水、蔗糖、ビール酵母の一部が残った。反応の前後で、使われた物質の総質量と生成した物質の総質量が一致しているが、総てを測定したのではなく、二酸化炭素や残った水の質量は、質量保存則に従がって算出したことが、実験ノートや手稿の分析から明らかである。結論として、次の2点が示された。先ず、このアルコール発酵に使われた物質や反応生成物について、彼は頻繁にこの法則を応用し、大変な苦労をして定量分析を行ったことである。ラヴォワジエは、質量保存則を明確な形で述べた事で知られているが、なぜこの法則を、わざわざ「アルコール発酵」という複雑な反応の所で持ち出したのかがこれまで疑問であった。それは、まさにこの反応が複雑で、何種類もの反応生成物があるため、質量保存則に頼らざるを得なかったからであり、その重要性を十分認識したからである。2つめとして、ラヴォワジエにおける化学実験方法とは、単に天秤を使って質量を精密に測定することではなく、質量保存則を積極的に活用した定量分析実験であり、これこそが彼のオリジナルな方法であった。以上のことを示した点が、今年度の成果である。
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