1700年代後半から1800年代にかけて関東地方に勃興した剣術新流派は、それまでの「形」打ちを中心とする剣術流派に代わって、防具を着用し竹刀で打突し合う竹刀打ち剣術を生み出し、打込み稽古法という新しい稽古法を出現させた。そして、この教習形態の改革は打突を実体験できるとともに、打たれても安全なことから他流試合を可能にし、流派の壁を越えて剣術を競技化・スポーツ化させていった。本研究は、こうした剣術の競技化・スポーツ化の過程を明らかにするために、以下の事項を検討したものである。 1.1700年代後半から1800年代にかけて勃興した剣術新流派の明治20年代前半における流派の勢力分布を明らかにすること 2.幕末から明治20年代前半までの剣術流派伝播形態の特徴を明らかにすること 3.明治20年代前半における東京並びに警視庁における剣術流派の勢力分布を明らかにすること 4.明治前半期の勢力分布でも明らかなように、他流派に先がけて防具を着用し、竹刀で打突し合う、打ち込み稽古法を最新に採用した「直心影流」の成立過程を明らかにし、関係史料を提示すること ただし、直心影流はじめ個々の剣術新流派を調査する過程で、これらの流派が関東地方のみならず急速に全国へ伝播していることがわかり、当初予想をはるかにこえる大部なものとなってしまった。したがって、こでは時間的にも経費的にも十分史料批判ができなかったので、直心影流の成立過程のみを概観し、関連する史料を紹介する程度にまとめることとした。
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