本年度のテーマは、運動開始とともに、時間遅れなく動脈血圧や心拍数が上昇するが、この素早い循環応答の制御に大脳皮質が関与するのかどうかについて、動物実験により検証することであった。5匹のネコをprecollicular-premammillary bodyレベルにおいて神経路切断による除脳手術をおこない、頚動脈に動脈血圧用カテーテルを留置した。術後の十分な回復時間を設けた後、自発床歩行の実験をおこなった。四方を囲った歩行路(30x26x300cm)に除脳ネコを静かに座らせると、人工的刺激が無くてもネコは自発的に立ちあがり、四肢協調動作による体重移動を伴う床歩行ができる。この自発的床歩行開始時における、心拍数(HR)、平均動脈血圧(MAP)、および前肢上腕三頭筋における筋電図積分値(iEMG)を計測し、これらの変数のタイムコースを分析した。そのタイムコースを、先行研究における正常ネコの随意運動時におけるタイムコースと同様に、動作に先行した、あるいはほぼ動作開始と同期して循環変数の増加がみられるのかどうか比較検討した。その結果、たとえ大脳皮質からの神経制御がない除脳ネコであっても、HRは前肢三頭筋のiEMGのオンセット前から有意な上昇をはじめ、MAPもオンセットとほぼ同時に増加することが示された。すなわち、除脳ネコにおいても大脳皮質のあるネコと同様に、素早い循環応答がみられることが明らかとなった。この動作に先行した素早い応答において(特に歩行動作に先行したHRの上昇)、中枢性情報が歩行動作とカップルして、心臓血管系の応答を予測制御しているのではないかと考えられた。さらに、これらの制御に対する圧受容器反射による影響を除去した後の自発的床歩行実験においても、動作開始4秒間における素早いHRとMAPの立ち上がりは除去前と同一であった。このことから、動作にカップルした迅速な心臓血管系の応答に働く中枢性制御は、圧受容器反射から独立した機構であり、また大脳皮質の関与の必要が無いことが明らかとなった。
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