補酵素依存性の酵素は、高分子であるタンパク質と低分子である補酵素からできた一つのシステムと考えられる。本研究では、分子進化の過程において、この酵素(蛋白質-補酵素システムがどのように成立したかという問題について、ピリドキサルリン酸(PLP)に依存する酵素に関して考察した。PLP酵素の反応では、反応中間体として、基質アミノ酸とPLPのカルボニル基のC-4'の間にシッフ塩基が形成される。PLP酵素の多くは、この中間体の基質アミノ酸部分のC-2と補酵素のC-4'の間で、基質α-水素の転位反応を触媒するが、この水素転移の立体特異性を解析した結果、水素転移反応は、補酵素のピリジン環平面のどちらか片側で立体特異的に進行する場合と、非特異的に両面上で進行する場合の3つがあり、水素転移反応の立体特異性を同じくする酵素のタンパク質は、一次構造上、三次構造上の相同性を示すことを見出した。一方、同種の反応を触媒する酵素でも、この立体特異性が異なればタンパク質構造上の相同性も低く、異なるタンパク質ファミリーに属するものと考えられた。水素転移の立体特異性は、転移反応の触媒基と補酵素の空間的位置関係など、酵素タンパク質と補酵素の結合様式を反映する。よって、PLP酵素には補酵素との結合様式が異なる少なくとも3種類の祖先酵素が存在し、それぞれが独自の分子進化を遂げてきたものと考えられた。一方、上記の概念の延長上に、反応性に富む低分子化合物をタンパク質に結合させ、その化合物の反応性を制御し、新たな機能を持ったタンパク質-補酵素システムを作出するという構想を得た。本研究では、ミオグロビンなどのヘムタンパク質と相同性を示すグルタミン酸ラセマーゼとヘミンの結合について検討し、乳酸菌およびE.coli由来の同酵素が、ヘミンとストイキオメトリックに結合し、吸収スペクトル、ESRスペクトル等においてヘム蛋白質と類似した分光学的特性を示すことを見出した。
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