脳特異的な発現が認められるインプリンティング遺伝子Peg3とPeg5(Pegはpaternally expressed genesの略)に関して、平成9年度の解析では、まず遺伝子およびタンパク質の発現部位の詳細な解析を行なった。その結果、脳で特異的に発現するこれらの遺伝子を含め、これまで発見された全てのインプリンティング遺伝子が胎盤組織において高発現を示すことを発見した。また、この胎盤組織での高発現は当該遺伝子にインプリンティングが掛かっているかどうかに関連性が高いことを幾つかの例で示すことができた。そこで、哺乳類のみに見られる遺伝子発現制御機構であるゲノミック・インプリンティングの生物学的意義は胎盤形成にあるという新しい仮説(新胎盤仮説)を提唱している。 一方、ゲノミック・インプリンティングとヒト遺伝病との関連について、ヒトPEG3遺伝子のヒト脳腫瘍(グリオーマ)発生への関与を検討し、以下の知見を得た。1.ヒトPEG3遺伝子は、グリオーマ発生に関わるガン抑制遺伝子の存在が予想される染色体19番長腕の遠位部に存在すること。2.マウス同様ヒトにおいても父親性発現するインプリンティング遺伝子であること。3.脳で高発現しているこの遺伝子が、ほとんど全てのグリオーマにおいて、その発現の欠落または著しい減少がみられること。4.ヒトグリオーマ培養細胞株にこの遺伝子を導入することにより、ヌードマウスに対する発ガン性が消失すること。 以上の結果から、ヒトPEG3遺伝子がグリオーマ発生のガン抑制遺伝子として機能していることを明らかにし、脳で発現するインプリンティング遺伝子の重要な機能の一例を示すことができた。
|