研究概要 |
タンパク質解離性残基間のクーロン相互作用が立体構造安定性にどの程度影響するかを調べるために,「ランダム・シャフリング(RS)」と「部分的中性化(PN)」と呼ぶ高速シミュレーション法を考案し,5種類のタンパク質に適用した。RS法は,分子内の正負両電荷の個数を保ちながら,正負電荷を全ての組み合わせで互いに入れ替えた仮想的な電荷分布を持つ分子種集団におけるクーロンエネルギーU_cの頻度分布を解析する手法である。U_cは,連続体モデルに基づく差分化Poission-Boltzmann方程式を数値的に解いて求めた。その結果,(1)自然に存在するタンパク質のU_cは仮想分子種集団における平均値に比べて有為に低い,(2)異符号電荷ペアは仮想分子種における平均数よりも多く存在し,逆に同符号電荷ペアは少なくなっている,(3)わずか1対の電荷置換によりU_cを2kcal/mol以上低下させ得る,ことがわかった。一方,PN法は分子内の酸性あるいは塩基性残基の電荷を決まった個数消去して総電荷量を変化させた場合のU_cを評価する手法であり,全ての組み合わせで電荷を消去した分子種集団におけるU_cの頻度分布を解析する。塩基性タンパク質であるシトクロムcについて,酸性条件下で(全酸性残基を非解離として)リシン残基の正電荷の中性化を行った結果,中性化の度合いが進むにつれκ=0ではU_cが+47.2kcal/molから+6.66kcal/molまで約40kcal/molの幅で低下するのに対し,κ=0.1では+18.6kcal/molから+5.70kcal/molまで約13kcal/molの幅でしか低下しないことがわかった。このことは,シトクロムcが酸性・低イオン強度下では変性するのに対し,高イオン強度下ではモルテングロビュル状態が安定であることに対応していると考えられる。
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