申請者はこれまで大腸菌において20種類全てのアミノ酸に対応するtRNAに対してのtRNAアイデンティティーを決定する仕組みについて調べてきた結果、共通のL字構造の中の少数の特徴的な塩基の組み合わせをアミノアシル-tRNA合成酵素が塩基特異的に認識することでtRNAアイデンティティーの決定が行われることを明らかにしてきた。tRNA^<Ser>、tRNA^<Leu>及びtRNA^<Tyr>は通常のクローバー葉様の二次構造に加えてもう一つのアーム(長いバリアブルアーム)を持つという構造上の特徴を有する(class II tRNA)。そしてこの3種類のclass II tRNAにおいては塩基特異的な認識というよりもむしろ立体構造の違いがアミノ酸受容特異性の決定に中心的な働きをしているという、従来考えられていなかったタイプの認識識別の機構が存在していることを明らかにしてきた。 バリアブルアームの長さは進化の過程で大きく変化する。真核生物では長いバリアブルアームを持つtRNAはtRNA^<Ser>とtRNA^<Leu>の2種類だけであるという点が原核生物のものとの大きく異なる。本研究では、このように他のtRNAとは異なり特殊な立場にあるclass II tRNA、特にロイシンtRNAに焦点を当て、酵母におけるtRNA^<Ser>、tRNA^<Leu>の認識、識別の機構を明らかにすることで、class II tRNAの認識の進化の過程を明らかにし、これがtRNAの構造の進化やアミノアシル-tRNA合成酵素の進化とどのような関係にあるかを明らかにすることを目的として実験を行った。 本研究の結果、酵母におけるロイシル-tRNA合成酵素はtRNA^<Leu>を認識識別する際に、立体構造にもとずいた識別を行っておらず、この点において大腸菌とは根本的に異なった認識識別の戦略をとっていることが明らかになった。また本研究は、アンチコドン認識の有無に関して生物によって異なることがあることを示した最初の例となった。
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