臨牀上見られる多くのてんかん等の疾患においてその病態を考える上で最も重要な点は、長期的に持続する痙攣準備性の存在である。本研究では、エタクリン酸のマウス脳室内投与により誘発される痙攣モデルを用いて、一過性痙攣から最初期遺伝子発現の変動を経て痙攣準備性獲得に至るまでの細胞および分子レベルの機序解明を行ない、以下の結果を得た。 1.全汎性痙攣発作後のc-fosおよびNGF mRNAの二相性増加:全汎性痙攣発作後のマウス脳のc-fos mRNAの発現は、痙攣の直後に一過性に増加(初期相)した後、14日目をピークとして遅発性持続性に増加(後期相)する二相性変化を示した。初期相、後期相ともに海馬歯状回およびpyriform cortexに最も強い発現が見られ、後期相の増加は、反応性の高い神経回路網の形成即ち痙攣準備性獲得に連関する現象として重要であると考えられた。神経回路の発達に関与すると考えられるNGF mRNAの発現も二相性変化を示し、時間的・解剖学的にc-fosの発現に強く連動して変化した。 2.抑制性介在ニューロン喪失の証明:海馬歯状回顆粒細胞や錐体細胞の興奮を抑制しているparvalbumin保有細胞の免疫組織染色により、エタクリン酸痙攣マウスではエタクリン酸投与後7日目からこの細胞の樹状特記の喪失が見られ、14日目には細胞体の減少が観察された。 3.痙攣準備性獲得の証明:エタクリン酸投与後14日目(後期相)のマウスについてカイニン酸による痙攣を誘発し検討した。無処置のマウスでstageの低い痙攣しか誘発しない低容量のカイニン酸投与により、エタクリン酸痙攣を体現したマウスの77%に極度の全汎性痙攣が見られ、その70%が死亡した。 以上より、一過性のエタクリン酸誘発刺激が、抑制性介在ニューロンの喪失を契機とした遅発性持続性のc-fos発現およびこれに続くNGF発現を介して痙攣準備性獲得に関与すると考えられた。
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