研究概要 |
神経系は高度に分化した複雑な組織であり、膨大な数の神経細胞が互いにシナプスを介して連絡しあう回路網のうえに成立している。神経発芽及びそれに続く神経突起伸長は、神経分化初期に起こる形態的に最も基本的なステップであり、この仕組みを解明することは、神経発生の複雑な機構を理解する上で大いに貢献する。我々は、マウス由来神経芽細胞腫NS20Yを材料としてサブトラクション-プラスマイナス法を行い、新規の神経特異的及び神経分化関連遺伝子、N23KとそのスプライシングフォームN27Kを単離した。さらに、N23K/N27Kタンパク質に対する特異抗体を作成し、細胞のdbcAMPによる神経分化誘導過程においても、マウス脳発生過程においても、本タンパク質が神経分化と深く関連することを明らかにした。驚いたことに、本遺伝子は偶然にも同時期に痛みに関連する新規オピオイド神経ペプチドとして同定されたorphanin FQの前駆体遺伝子であった。このことは、本遺伝子が発生過程と成熟個体の両方で重要な働きをするbifunctionalな分子であることを意味する。本タンパク質の神経分化における機能的役割を明確にするために、NS20Y細胞にN23K単独、N27K単独、N23K/N27Kの両方を過剰発現させた3種のstable transfectantsを作成し,そのtransfectantsの詳細な解析を行った。l.N23K,N27Kそれぞれを単独に発現させた場合でも共発現させた場合でも、ともにdbcAMP処理なしで自発的に神経突起を伸長し、共発現transfectantsの方が有意により長い突起を伸長する。2.Orphanin FQペプチド及びその前駆体に含まれるcanditateとなる他の2種のペプチドは神経分化を誘発せず、情報伝達経路にも有意な影響は与えない。3.未分化NS20Y細胞とN23K/N27K transfectantsの細胞内cAMP量及びorphanin FQの受容体(LC7)発現量に有意な差が見られない。さらに、N23K/N27Kのtruncated formを作成したところ、C末端部分がタンパク質発現効率及び神経突起伸長の重要な鍵となることが判明した。これらの結果は、本分子発現による形態変化は、少なくともorphanin FQ-受容体を介したものではない新しい機構によるものであることを示唆している。
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