研究概要 |
本研究の目的は、前頭連合野の作業記憶(ワーキングメモリ)過程におけるノルアドレナリン受容体(α1、α2、β)の役割を明らかにすることにあった。この目的のため、二種類の実験、すなわち「局所薬物注入法による実験」と「イオントフォレスシ法による実験」を2年間に渡って展開した。 まず、数頭のサルに眼球運動による遅延反応(oculomotor delayed-response、ODR)を訓練した。この課題では、サルは数秒の遅延期の前に提示された視覚刺激の位置に記憶誘導サッケードをすることが課される。この課題を正しく行なうためにはターゲットの空間位置を遅延期の間に覚えておく必要があり、空間情報のワーキングメモリが必須である。 サルがこの課題を行なっている際に、マイクロシリンジを用いて各種ノルアドレナリン受容体阻害剤を前頭連合野に局所的に微量注入し(4・8μg/μl, 3μl課題遂行に対する効果を解析した(実験1)。さらに、多連微小炭素線維封入ガラス電極を用いて、前頭連合野からニューロン活動を記録し、各種ノルアドレナリン受容体阻害剤をイオントフォレティックに投与してニューロン活動に対する効果を解析した(実験2)。そして、 1) α1受容体の阻害剤prazosinやβ受容体の阻害剤propranololの注入は、ODR課題遂行に有意な影響を持たないが一方、α2受容体の阻害剤yohimbineの注入によって、ODRが特異的に阻害されること。 2) Yohimbineのこの効果は記憶誘導サッヶ-ドの「精度」に特異的であり、サッケードの反応時間や速度には影響を持たないこと。 3) ニューロンレベルは、prazosinやpropranololのイオントフォレティック投与によって、ODR課題の遅延期に関連するニューロン活動(メモリを担う活動)は影響を受けないが、yohimbineによって著しく減弱すること。 4) ニューロン活動に対するyohimbineの減弱効果は、背景活動よりも遅延期の活動でより強く、とくに、その方向選択性を著しく減弱させること。 などの諸点をあきらかにした。 これらのデータを総合すると、前頭連合野におけるα2受容体の賦活がワークングメモリのニューロン過程に調節的な役割(modulatory role)をもち、この役割が欠損するとワーキングメモリを必要とする行動が障害されることが示唆される。 こうしたデータ・結論は世界で初めてのものである。また、前頭連合野におけるα2受容体の機能不全と同時にワーキングメモリの障害を伴う精神疾患(分裂病やKorsakoff痴呆症、注意欠損過活動症など)の理解や治療法の改善にも寄与すると思われる。
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