頭頂葉後方下部領域近傍は、体性感覚、視覚と、ときに聴覚の複数の感覚が統合される脳領域であり、ヒトでは、この脳領域の損傷によって意味表現や象徴作用が障害されることが知られている。昨年度までに、熊手状の道具を使って手のとどかない遠くの餌をとるように訓練したニホンザルのこの脳領域に、体性感覚と視覚を統合して身体図式をコードするニューロン群をみつけ、これらのニューロンは、道具使用時に身体図式が変化して道具が手に同化するという心理学的経験に対応する活動特性の変化を示すことを見いだした。今年度はさらに、直接手元を見る代わりに、モニタ上に写された自分の手のリアルタイム映像を見ながら餌をとるようニホンザルを訓練すると、上記ニューロンの視覚受容野はモニタ上に映写された手の周囲に出現し、それは映像の拡大/縮小や位置の移動に従って変化することを見いだした。これは、モニタ上の身体映像を自己と認識して、視覚的身体イメージがモニタ上に投影されたことを反映するものと解釈される。このニューロン活動は、訓練により学習が成立したサルでのみ観察された。したがって、この領域のニューロンは、多種感覚の統合によって手の機能的意味/象徴をコードし、それを意図によって自由に操作する能力を、訓練により獲得したものと考えられる。サルのこの脳領域で行われている情報処理は、言語機能の進化・発達への橋頭堡となる、「象徴的思考(symbolism)」のはじまりの一端を担うものと想定される。
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