本研究では、遺伝性腎癌(Eker)ラットに腎癌原因遺伝子(Tsc2)の正常型(野生型)遺伝子を導入し、腎癌及び変異Tsc2アレルホモ接合体の胎生期における致死を抑制することを試みた。まずエクソン30の配列にBrown Norway系の多型性を持つ野生型ラットTsc2cDNA(選択的スプライシングによりエクソン25と31を欠くもの)を利用して、Tsc2遺伝子のプロモーター領域約700bpからエクソン2の一部までを含むGenomic DNAとのキメラ遺伝子を構築した。さらに3′下流にSV40のポリA付加シグナルを加え、導入遺伝子DNAとした。このDNAを、Ekerラットの雄(Long Evans系で維持)とWistar系の雌の交配により得られた受精卵に注入し、遺伝子導入ラットを5系統作出した。導入遺伝子の発現は、Brown Norway系の多型性と導入遺伝子特異的なSV40のDNA配列を利用し、RT-PCRとノザンブロット法により確認した。これらの系統とEkerラットの交配を進めたところ、変異Tsc2アレルホモ接合体に見られる胎生期致死は、導入した野生型Tsc2遺伝子を受け継ぐことにより回避されることが明らかとなった。また腎癌に対する導入Tsc2遺伝子の効果はENU投与による腎癌誘導系を用いて検討した。その結果、通常はEkerラットの変異Tsc2へテロ接合体の全例に認められる腎発癌が、導入遺伝子により完全に抑制されることが明らかとなった。これらの結果は、EkerラットのTsc2変異が遺伝性腎癌及び胎生期致死の原因であることの最終的な証明である。この遺伝子導入Ekerラットの系はTsc2遺伝子の機能を解析していくための、in vivoの有力な系の一つになると考えられる。
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