本研究は、雑誌記事の分析を通して現代のアイデンティティ・ゲームの多様性とその変容を解明しようとするものである。大宅壮一文庫での記事の蒐集・分析作業の結果、本研究は、リスペクタビリティ(respectability)という現象を基準にこれを整理するという問題構制に注目することになった。すなわち、「きちんとした大人」「上品な市民」という理念によってアイデンティティを組み立てているか、むしろそれを相対化しているか、その理念を守るために他者を(とくにリスペクタブルでない他者を)どう評価するのか、などを分析するという課題である。それが、階層・階級ごとにどう分布し、ジェンダーによってどう異なるのかを詳細に検討することが、本研究で浮上した最大の問題である。 今回の研究で集中的に蒐集した、「同性愛」にかんする記事の分析がその糸口となるものと思われる。現在分析の途中であるが、大宅壮一文庫で蒐集した戦後日本の一般週刊誌における「同性愛」にかんする記事は、いくつかの偏差を見せている。たとえば、男性週刊誌における男性同性愛の記事と女性週刊誌における男性同性愛の記事は異なった調子を帯びており、簡単にいって前者が自分の外にある同性愛(者)への恐怖と内にある同性愛(性向)への不安を述べるのに対し、後者はそうした恐怖や不安とは無関係である。ところが、この恐怖や不安のなさは、余生週刊誌における女性同性愛の記事についてもいえることであり、ここに、「同性愛」という現象を通してみられるジェンダーによる「リスペクタブル」なものとの距離の差異が発見されるように思われる。 現在は、この差異についての論考を準備中である。本研究は期間内でこうした問題構制を全面的に展開することはできなかったが、この新しい問題構制とそれを検討するためのデータは十分に獲得されており、今後これをまとめる作業を行っていくことになる。
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