フランスにおける教員(義務教育)の養成・研修について、特に外国人生徒を担当する教員に関して、その現状と問題点を調査・分析した。フランスでは1975年からCEFiSEM(移民子弟の学校教育についての養成・情報センター)の設置が開始され、現在23ヶ所となっている。これは、各大学区(アカデミー)での教員養成・研修計画の中で外国人生徒に係る部分を主に担当している。その目指すところは、教員に外国人生徒へのフランス語教育の充実と外国人生徒のもつ「異文化」の尊重とを両立できる力量をつけることであった。しかしながら、80年代以降、次第に、フランスで生まれ育った外国人生徒の数が増え、両立すべき二項目は現実に合わなくなっていった。同時に、外国人生徒が学校教育において学業不振に陥いるのは、彼らが「外国人」であるためではなく、社会・経済的に「恵まれない」カテゴリーに属しているためであるという研究結果が注目されるようになる。これに伴い、CEFiSEMの活動内容も外国人のみに焦点を当てたものばかりでなく、国籍にかかわらず、社会的環境において不利な立場にある生徒を視野に入れるようになっていった。したがって、外国人生徒専用の特別学級を組織すること、及び彼らの出身の言語・文化の教育を公教育の中で保障していくことはむしろ「差別」として、消極的位置づけとなった。70年の小学校での「入門学級」開設から始まるフランスの外国人生徒への教育的対応には、大きな転換をせまられるようになった。 このように「異文化」そのものを問題として設定しないという傾向が一般化しつつある一方で、近年、フランスでは、イスラム教徒による「スカ-フ」の着用(学校内での着用)が、世論を二分する大事件へと発展していった。公教育原理の一つである世俗性を信教の自由との対立である。解決策としてフランス政府は「統合」という考え方を主張する。つまり、公と私に人々の生活を分け、公的時空間ではフランスの「自由・平等・博愛」という政治理念を尊重してもらい、私的時空間では宗教的な自由が認められるという方法で、フランスが多文化社会としてではなく、単一不可分な国としてその一体性を保とうとしている。しかし、イスラムに公私の峻別を求めることはむずかしく、「統合」の実践は公的資格で教員が外国人生徒の家族との話し合い、フランス的理念を説明していくことになる。教員の役割は、まさにこの点の調整であり、CEFiSEMは、再び「異文化」に注目せざるを得なくなってきているのではないか。
|