近年、幕藩領主制の「公的」側面が強調され領主制の骨格をなす領主と民、領主と家臣、それぞれの関係における相互的契機が注目を集めている。いうまでもなく領主制の本質は支配・被支配の身分差別にあるにもかかわらず、なぜ相互的な契機が形成されたのか、またいかにして形成されたのかを歴史的に解明しなければならない。本研究では、相互的関係意識が形成され幕藩領主制が成立する過程を、武士層から民衆まで広い層に大きな影響を与えたと推定される「太平記読み」を軸に据えて、明らかにしてきた。 1.『理尽鈔』及び『理尽鈔』関連書の調査は確実に前進しデータベースも充実しつつある。 2.近世前期民衆史料として著名な『河内屋可正旧記』を詳細に分析し、河内屋可正の政治意識の形成に『理尽鈔』の政治思想が大きな役割を果たしたことを実証した。もともと支配層に政治のやり方を伝授するものであった「太平記読み」が民衆にまで影響を与えたことが明らかとなった。 3.当代の身分制社会を厳しく批判した農民出身の思想家安藤昌益も、思想形成の過程で『理尽鈔』の末書である『太平記大全』を読んでいたという新事実を掘り起こし、昌益の政治思想のルーツが「太平記読み」にあったことを論証した。昌益のイデオロギー暴露も実は「太平記読み」の系譜を引くものなのである。 4.『理尽鈔』及び関連書籍を読みその影響を受けた人物を掘り起こす作業も着実に進んでいる。現在一揆実録物への影響を調査しているところである。 5.以上の成果から、「太平記読み」が民衆の政治意識の形成に関与した可能性は高く、「太平記読み」を軸にした政治思想史は成り立つといえよう。
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