本研究ではまず、フランスのアンシャン・レジーム期における兵士に関して、その人口にたいする比率、出身地域、社会的出自およびその質について検討を加え、以下のような結論を得た。1.当時の志願兵制のもとでは、さまざまな人間が兵士となり得たわけであったが、金銭的報酬を除いては積極的に兵士となる動機が見いだせない当時の社会においては、兵士のなり手はそれほど多くなく、同時に王権側の認識としても、兵士の社会的な地位はけっして高いものではなかった。2.それゆえ、農民など共同体にまだ強く所属していた者が兵士となるよりも、都市の下層社会に生活する者など、社会的流動性の高い者たちが兵士となるような傾向が強かった。3.このような状況下では、兵士の質は低く、乞食や浮浪者、犯罪者などが形成するマージナルな世界との接点を、兵士は常に有しており、掠奪にみられるように、兵士の行動は当時の社会問題のひとつとなっていた。 続いて、この状況への王権の対処として、18世紀における兵士にたいする政策を検討した。検討の中心は廃兵院や年金といった退役兵士への政策であったが、これにより、王権は長期に軍役についていることを名誉なことであると考え、その考えを社会に浸透させようとして当該諸制度を運営したことを明らかにした。18世紀においては、社会的周縁の存在としての兵士を社会のなかに積極的に位置づけようとする試みがなされたのであった。 以上の研究実績を基礎として、今後は王権の現役兵士への政策を明らかにするとともに、これらの諸政策が社会にどのように受け入れられたのかを検討する予定である。政策への反応においては、当時の知識人層、すなわち啓蒙思想家や体制改革論者たちが、当時の兵士の実態や王権の諸政策をどのように認識・評価していたのかを明らかにし、それが革命以後の兵制とどのような関連があるのかを考察することになろう。
|