研究実績の概要は以下のとおりである。 1.文献調査:江戸期の明清楽関係の文献資料を調査した結果、最も有用なのは明和刊本『魏氏楽譜』であることが確認された。同書の特徴は、半手抄本とも言うべき特殊な体裁であること、すなわち肝心の楽譜部分が空白のまま印刷されている点である。これは「秘伝」のための措置で、正式に入門した生徒のみが、毎授業ごとに少しづつ師匠から伝授された工尺譜を書き込むことを許された。それゆえ手抄の程度、すなわち資料としての有用度は、現存する各本によりまちまちである。調査の結果、(1)坂田音楽研究所の2点 (2)東京芸術大学の1点 が特に有用な『魏氏楽譜』であることが確認された。 この他、上野学園・日本音楽資料室に収蔵されている旧・波多野太郎氏所蔵の月琴譜コレクションの調査も行なった。筆者の調査時はまだ未整理の状態で、一般閲覧の対象外だったが、同室長・福島和夫教授のご好意で部分的に閲覧することができた。 2.現地調査:達磨寺(群馬県・高崎市)で毎年行われる「施餓鬼」の声明音楽を撮影・録音した。現在、それを楽譜に起こす作業を進めている。その曲目の中には戯曲音楽の曲目でもある「五供養」が存在する。今後、中国の曲譜類および明清楽楽譜の同曲との比較分析作業を進める予定である。 なお、調査の過程で、禅林寺(東京・三鷹)の声明にも明楽の旋律と類似するものがあることがわかった。今後の課題として、禅林寺の調査も進めてゆくこととしたい。 以上の調査の成果は、今年度の紀要論文として発表する予定である。
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