調査の結果、北海道大学が所蔵しているものだけでも、江戸時代のアイヌ語文献は膨大な量にのぼることがわかった。中でも、「加賀屋文書」は約千ページ分にも相当し、資料の少ない道東地方のアイヌ語を復元する上で貴重な資料となるものであることが明らかとなった。特に、根室、別海等の地方が明らかな資料を多数含んでおり、これらの地方のアイヌ語を知る上で非常に役立つものとおもわれる。なお、この資料は、寛政頃から明治初期まで、約70年にわたる記録であり、その間のアイヌ語の変遷、翻訳技術の変遷などを探る上でも非常に貴重なものであることが判明した。また、北海道立図書館等に所蔵されている文献の中にもこれまで研究されていない貴重な文献がみられ、中にはこれまでほとんど知られていない日本海沿岸地方のアイヌ語に関する情報を含むものも新たに見いだされた。また、旅行記のような、直接アイヌ語を記したのではない文献の中にも相当多数のアイヌ語が記録されていることが改めて確かめられた。これらはアイヌ語が文献の中に散在しているために調査に膨大な時間がかかり、組織的な調査は今後にまたなければならないが、アイヌ語の全体像を知る上で重要な手がかりを与えるものである見通しが得られた。なお、副次的な成果として、江戸時代に出版された世界最初のアイヌ語辞書である上原熊治郎「藻汐草」について調べたところ、道内に存在するものを調査しただけでも極論すれば一冊一冊が異なる状態を示し、特に印刷の精度に差があるために、文字の脱落の箇所や程度が一冊一冊異なっており、この辞書の正確な理解や評価は従来の一部の版本によるものでは極めて不十分であり、現存の版本を多数比較し、校訂版を作成しなければ下せないものであることが明らかとなった。資料数が膨大に上るため、未調査な文献がまだ多量にあり、今後も調査を継続する必要がある。また、既に収集した資料も膨大に上り、さらなる組織的な整理、分析が必要である。
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