1 1992年OECDモデル租税条約は、10条(配当)〔11条(利子)及び12条(使用料)も同旨〕において、配当の支払いの受領者が居住者としての地位を有する締約国でそれらの支払いに対して課税されることを定めると同時に、支払い者側の締約国においても一定の場合に課税することを認めている。しかし、「当該配当の受益者が他方締約国の居住者である場合」には当該課税に対し税率上の制限を設けている。本研究の問題意識は、この税率上の制限が「当該配当の受領者」ではなく「当該配当の受益者」を要件としているのは何故か、であった。 2 米国で知られている、条約上の軽減税率その他の恩典措置の第三国居住者による享受は「トリティ・ショッピング」(以下、TS)称され、米国が締結・改訂する近時の租税条約においてはそのような行為は恩典措置による税負担軽減排除を認めない「条約便益制限条項」を導入している。その制限テストとして外国所有や課税ベース浸食などが用いられている。米国はこの「条約便益制限条項」によって条約適用対象取引をすべてチェックし、それを通過した取引にのみ恩典措置を認める。そこには、条約便益を享受すべき者は誰かということを取引・当事者組織類型的に把握し、個別具体的なTSを排除するテストを設定するという政策がうかがえる。 3 一方、OECDは、1992年の抜本改訂に際して、このような米国型の規制条項の導入を見送り、むしろ締約国の居住者とはどのようなものかを検討することによって米国の規制条項と同様の規制効果をあげようとしている。しかし、OECD加盟国によっては、租税以前に、経済活動を行なう企業形態への法規制が異なり、就中、法人格の有無は加盟国によってかなり相違し、投資形態(特に集団投資のそれ)もまた大きく異なる。これらのことから、「居住者」を一義的に定義し企業形態とは無関係に租税条約上の規準を定位することは、さらに企業形態・投資形態を比較検討しない限り困難であること、今後は「受益者」の概念の幅(射程距離)と我が国条約政策への影響が論点となろうことが明らかとなった。
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