本奨励研究の実施に当たっては、一年という限定された期間でより効果的な成果をあげるために、多数国間環境条約の実施を検証する上での素材として、特に、環境影響評価(EIA;Environmental Impact Assessment)に関する3文書、すなわち、(1)欧州連合EIA指令、(2)ECE越境環境影響評価条約、(3)南極条約環境保護議定書、に焦点を当てることとした。EIAとは、環境的考慮を社会経済的発展及び政策決定過程へ組み入れるための重要な国際的国内的法的技術であり、1972年ストックホルム会議の頃より発展した。その実質は、若干の関連した機能をもって、政策決定を導き出す際に用いられる環境影響評価書を作成する一連の過程である。こうしたEIAに関わる法的文書の実施状況を検討することによって、条約そのものの効果的実施という問題に対する考察が行われたとともに、EIAの実施が条約体制外、すなわち、防止原則や予防原則といった国際環境法の根本的な原則の実施に非常に重要な働きかけをしていることも明らかにできた。その意味で、今回の奨励研究においては、かなり満足のいく結果が得られたと自負している。この成果は、石橋可奈美「環境影響評価(EIA)と国際環境法の遵守」『国際社会の組織化と法』(1996年11月 信山社)として公刊された。同論文では、さらに発展的に、国際環境法における遵守概念の変容についても考察を行っている。というのは、「遵守」概念は条約の効果的実施の問題を考える上で重要な問題であるからである。この「遵守」概念は、今日国際法領域において、伝統的な概念を離れ変容しつつある。例えば、「遵守」はon/off conditionではなく、認容可能なレベルの遵守と目標とされる遵守時期(important time dimension)のいずれも含むように拡張される必要があるとする見解がある。このような見解はまだあまり気づかれていないが、実は従来の国際法学の通念を打ち崩してしまうほど重要な示唆を含んでいる。したがって、本研究において環境法の発展とともに生じているこの「遵守」概念の変容の問題に取り組めたことは、広く国際法学の観点からしても極めて独創的かつ意議のあることであったと確信している。
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