本研究では、量子論の基本的現象ともいえるトンネル現象が、対応する古典力学系がカオスを示すような状況下で、如何なる特異性を示し、またその機構が何に左右されているか、という問題を探った。ここで扱うトンネル現象は、従来一次元のトンネリングで対象にされてきた、エネルギー障壁を透過するタイプのトンネル過程ではなく、より一般的に、動力学的に形成されたバリアー(KAMトーラスと呼ばれる)から滲み出るトンネル過程“動的トンネリング"である。観察されるトンネル現象が、非可積分系固有のものであることを明確にするため、(複素)古典力学を用いた複素古典論によってトンネルを再現することを試みた。 特に今年度は、カオス系の複素半古典論を実行する際に発生するストークス現象を処理するにあたり、以下の作業仮設を設け、具体的な系でその有効性を示した。すなわち、(1)トンネルに寄与し得る複素ブランチ間に、複素火点を介した“木構造"が存在することを発見し、その木構造を手掛りに複素ブランチの間の世代の割り振り(順序付け)を与える。(2)本来、火点近傍で局所的にしか有効性を保証されていない指数的最大優越の原理(Principle of Exponential Dominance)を大域的に延長し、各火点の近傍でのストークス線を求める。(3)“木構造"によって決定された世代の順番を基にストークス現象を処理する。以上のルールを用いることによって複雑なトポロジーを持つ複素軌跡(Laputa branch)のストークス現象を一意的に処理することが可能となる。この方法を用いて計算された半古典論の波動関数は、純量子論の波動関数に非常に良く一致することが示された。 なお、研究遂行上、複素古典力学の大規模な数値的な解析を行う必要が生じ、当初計画していた予算配分の中で、ワークステーション購入の予算枠を増やすことによって研究を実行するために必要な性能をもつワークステションを購入した。このことによって、全体の予算枠のなかで設備備品の占める割合が90パーセントを越えることになったが、今回の研究の目的達成のためにはやむを得ない経費配分でであった。
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