化学反応における反応中間体に関する知見を得ることは非常に重要である。しかし、そのエネルギー状態についての情報は極端に少ない。そこで、時間分解熱レンズ分光装置を組み上げ、励起分子の緩和過程、及び反応中間体のエネルギー状態に関する研究を進めてきた。感度・定量性に優れた時間分解熱レンズ法は、過渡分子が無輻射失活する際に放出するエネルギーを検出するので、反応中間体のエネルギー的情報を得ることができる。そこで、時間分解熱レンズ分光装置、及び過渡吸収分光装置を用い、2-メチルベンゾフェノンの光励起によって生じたシス・トランスエノール体の、それぞれの寿命・エネルギーを決定した。その結果、シスエノール体、及びトランスエノール体の反応エンタルピー変化は、116kJ/mol、202kJ/molとそれぞれ求めることができた。また、実験結果を基に分子軌道計算を行い、それぞれの異性体の構造を調べたところ、トランス体では、フェニル基のかさ高さのために立体障害となり、シス体よりもエネルギーが高いことが解った。このエネルギーを確かめるために、二つのベンゼン間を架橋した2-メチルアントロンを合成し、その反応エンタルピーを調べる実験を行っているが、シスエノール体のエネルギーに近い結果が得られそうである。また、反応中間体の更なる光吸収により環化反応のメカニズムの解明を試みた。二台のレーザーを用いた二段階励起時間分解過渡吸収法を行った。エキシマーレーザー励起によって生成した、2-メチルベンゾフェノンのトランスエノール体を、適当な遅延時間をおいて発振したYAGレーザーの2倍波で励起し、過渡級数スペクトルの測定を行った結果、反応中間体の励起状態より、新たな反応のチャンネルが開けていることが明らかとなった。
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