気相素反応のダイナミックスを明らかにする上で、反応で生成した分子の振動回転状態分布と散乱角度分布は最も基本的な情報であるが、同時に両方の分布を選別した測定を行うのは実験的に困難であった。しかしながら近年の理論計算では、各振動回転状態毎の散乱角度分布とそれらを足し合わせたものとでは大きな違いがある系も示されている。すなわち従来の不完全な状態選別実験の結果から導かれた反応ダイナミックスの描像は誤っており、生成分子の振動回転状態を選別して散乱角度分布測定を行う必要がある。 本研究では高分解能偏光ドップラー分光法によるベクトル相関測定を用いて、O(^1D)原子と水素分子との反応で生成したOH分子を状態選別してその散乱角度分布を測定した。この系のような三原子系では自由度が少ないため、反応断面積の衝突エネルギー依存性も併せて知ることが可能である。 N_2OとH_2を等量混合してフローさせ、193nm光を照射してN_2Oの光分解でO(^1D)を生成した。適当な遅延時間をおいて、生成可能な最高振動準位であるν=4に生成したOHを波長可変色素レーザー光(分解能0.075cm^<-1>)で検出した。測定されたドップラースペクトルの線形の解析から、重心系でO(^1D)原子が跳んできた方向にOH分子が跳ね返る後方散乱の成分が圧倒的に優勢であることがわかった。Ab initio計算で求めたポテンシャル曲面で行われた準古典軌道計算によればν=4に生成したOHは、衝突径数の大きいものと小さいものに各々対応した前方散乱と後方散乱の両方の寄与がほぼ等しいことが示されている。本研究ではかなり異なる結果が得らており、O(^1D)+H_2のような比較的単純な系でもab initio計算されたポテンシャル曲面に改良の余地があることが示された。今後衝突エネルギー依存性も含んだ解析を進めていく予定である。
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