本研究では、単環構造の炭素クラスターの振電状態の解明、および、炭素数30〜50付近の炭素クラスターの幾何構造の決定を二つの大きな柱として研究を進めてきた。単環構造の炭素クラスターの振動構造が、その一部ではあるが負イオン光電子分光によりはじめて明らかになったことは大きな前進であった。特に、電子脱離によって励起されるの振動モードの種類が4の倍数のリングと4n+2のリングで大きく異なることの発見は、炭素数の違いによる結合交替の有無を端的に示すものであった。また、16員環骨格をもつ有機化合物の熱分解では、炭素クラスター負イオンC_<16>-だけでなく、2量体の負イオンC_<32>-も生成するが、その光電子スペクトルが別の方法で生成した単環構造のC_<32>-のものとは明らかに異なることから、この2量体が単環構造以外の異性体であることが示唆された。炭素数30付近のクラスターはフラーレンやナノチューブにみられるネットワーク構造の安定性や生成機構を考えるうえで重要とされており、ネットワーク構造の制御という観点からも、今後さらに研究を進める必要がある。 本年度の成果の一つに、単環状炭素クラスターC_<10>-の特異的生成の発見がある。代表者らが開発した二重レーザーアブレーション質量分析法は、従来検出の難しかった中性フラグメントの検出を可能にした。その結果、炭素数10〜20程度の単環構造の中性フラグメントが、炭素数200程度の中性クラスターの熱分解の過程で多量に放出されることを見い出した。この結果は低温マトリックス単離分光法を用いた今後の研究に方法論的な変革をもたらすばかりでなく、炭表クラスターの生成メカニズムを探るうえでの重要な手がかりを与えるものである。
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