本研究はハンミョウ(Cicindela chinensis)幼虫を材料として、物体までの距離と物体のサイズの検出に関わる視覚神経機構について調べた。 ハンミョウの幼虫の攻撃行動と逃避行動は、物体までの距離と物体の絶対的サイズに依存して切り替えられた。6対の単眼のうち、1個の大きな単眼のみを残して残りの単眼をペイントで覆った個体でも、視覚行動にはある程度の切り替えが見られた。このことは、標的までの距離と標的の絶対的サイズの検出が複数の単眼の協調作用によるだけでなく、1個の単眼でも可能であることを示し、距離とサイズの検出に関わる未知の視覚神経機構が存在する可能性を示唆している。一方、幼虫の視覚行動をビデオ撮影し、詳しく解析したところ、幼虫は、運動視差により行動の切り替えを引き起こす可能性も示された。 視覚を一定に保ち、異なる距離で物体を動かした時、物体までの距離の変化に対して応答するニューロンを幼虫の視葉と脳内で電気生理学的に検索した。視葉の第3次ニューロンの中には標的の視覚が等しいにもかかわらず、距離の違いにより興奮性の応答と抑制性の応答を示すものが見られた。光学的測定では、視覚の等しい物体の網膜像は物体の置かれた距離により微妙に異なっていた。このことからも、記録されたニューロンの応答は、複数の単眼からの入力により形成されるだけでなく、1個の単眼からの入力が距離依存性を示すようなニューロン回路で処理されることにより形成される可能性を示す。現在、各単眼からの詳しい入力様式を調べ、幼虫の距離測定の視覚神経機構を解析中である。
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