頭皮上より観測される脳波リズムの非線形ダイナミクスを調べることにより、非線形振動子系を用いた脳波の数理モデルを構築することを目的として研究を行った。健康な成人(22〜26歳)を対象に覚醒閉眼状態で周期的閃光刺激照射したときの脳波波形を頭皮上の12部位あるいは9部位より測定・記録し、複素復調法によりアルファ波の位相(正弦波からの相対位相差)および振幅(エンベロープ)の瞬時値を推定して分析を行った。実験の結果、以下の新しい知見を得た。 1.アルファ波は刺激に対してほぼ頭部全体で応答し、刺激に引き込まれるまでの過渡応答時間はわずか500ms程度である。 2.引き込み中のアルファ波の位相は揺らぎ、しかも刺激の周波数が安静時のアルファ波の固有周波数から遠いほど強い間欠性を示す。 3.引き込み中においても安静時と同様、位相ギャップが前頭部から後頭部へと伝搬する現象が観測された。 上記1.はアルファ波が頭部全体に比較的広く分布した非線形振動子の結合系により構成されることを、2、3は振動子間の結合力が弱いことをそれぞれ示している。 次に以上の知見に基づき、周波数勾配を付した数十個のボーンホッファー・ファンデアポール振動子を結合したモデルを提案し、シミュレーションにより位相・振幅の動態を調べた。モデルの各振動子にはスレーブとしてファンデアポール型の振動子を付加した。シミュレーション結果からは実験と同様な位相ギャップの発生を確認できたが、位相ギャップの伝搬を再現することはできず、結合強度や周波数勾配の大きさ以外に、空間的な情報伝搬機構を与えるような結合様式や振動子(スレーブも含めて)を選択することの重要性が示唆された。
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