固体NMR化学シフトテンソル主値は分子の局所運動や電子状態に関する情報をもっていると考えられる。そこで、固体NMR化学シフトの測定と、非経験的分子軌道法による磁気遮蔽定数の理論計算とを併せて、タンパク質などの高分子の電子状態や分子構造に関する情報を得ることを目的として研究を行った。 タンパク質中のCH、CH_2、CH_3炭素の^<13>C化学シフトテンソル異方性は、試料のマジック角回転(MAS)周波数に比べて小さいために、低速CP(交差分極)-MAS法によって化学シフトテンソル主値を精度高く決定するのは困難である。また、タンパク質のような化学シフトの異なる信号が多数存在する系ではCP-STATIC法による決定も用いることができない。そこで、高速MAS(回転数:ω_r)の条件下、すなわち、高分解能を保ちながら、小さな化学シフト異方性の情報を精度高く決定することができるこれまでにない新しい方法を開発した。この方法は、通常用いられる^1Hと^<13>Cとの間のCPを行った後に、時間と共に強度を5/2ω_rから3/2ω_rまで徐々に変化させた"断熱的"スピンロック(Adiabatic Spin-Lock)を^<13>Cチャンネルに印加させるものである。rf磁場を+5/2ω_rから3/2ω_rへと"断熱的(rf磁場による分極変化が無視できるような条件に従うよう)"に操引すると、2ω_rでH′_xを軸として回転している回転座標系上(H")において、スピン系の巨視的な磁化は+H"_2から-H"_2に沿って移動していく。MASの周期性を有する化学シフト異方性のHamiltonianとrf磁場のHamiltonianとのrecouplingが大きい場合、すなわち、化学シフト異方性が大きい場合には、スピン系は、回転座標系H"からみたrf磁場(Δω_<rf>)と化学シフト異方性(ω_2)とでつくられる有効磁場(ω_<eff>に素速く沿うことによって、-H"_2に向かう。化学シフト異方性がMAS回転数に対して小さい場合には、有効磁場に沿うように磁化を時間発展させるためには十分ゆっくりとrf磁場強度を変化させる必要がある。rf磁場強度の変化速度を可変パラメータとして実験を行うと、異方性が大きい程、急速にH"_2軸上の-1/2ω_rに向かう。スピンロック時間が長くなるとT_<1p>やT_2の影響を受け、巨視的な磁化はゼロに向かう。このような、磁化の挙動をrf磁場強度の変化速度に対してプロットし、量子力学に基づくスピンダイナミクスシミュレーションを行った結果、小さな化学シフト異方性を精度高く決定することができる方法を開発することができた。また、異方性の非対称パラメータ(skew:κ)も測定し得る程度にダイナミクスに影響を与えることが明らかとなった。現在この結果について投稿論文を執筆中である。この方法を糖鎖を認識するタンパク質であるコンカナバリンA(ConA)に用いて、立体構造解析を試みている。
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