ワサビは植物性昆虫の活動する夏に葉を維持するが、それらは餌としての質が悪く昆虫の食害から防衛されていた。通常はワサビを利用できない広食性の植食者の生存率を指標にした生物検定を行い、葉の悪い質が維持される条件を調べた。植物体と連絡した葉は質が悪いが、切り離した葉や、葉脈を切った葉では、質が大幅に改善されたことから、葉脈を通じて葉中に普及する可動物質によって悪い質が維持されると考えられた。また、葉の悪い質が維持されるためには、ワサビの自然生息地の環境条件が必要であることも示唆された。自然生息地のワサビは、ヘリジロカラスノメイガというスペシャリストに独占的に利用される。このメイガの4齢幼虫は、葉に溝を掘るトレンチ行動で葉脈を切断してから葉を摂食する習性を持つ。この行動の機能的な意義を探り、ワサビ葉の悪い質の維持機構との因果関係を解明するための実験を行った。ワサビの葉脈の切断を妨げる処理を施して、メイガに葉脈のつながったワサビ葉を摂食させると、葉脈を切らせて通常に葉を摂食させた場合に比べて、発育日数が有意に長くなった。ワサビ葉の葉の悪い質を改善する適応行動を持つメイガだけがワサビを利用している事実は、他の全ての植食者がワサビの防衛機構によって排除されている結果と考えられた。同じアブラナ科のハタザオ属の野生植物も、ワサビと同様に質の悪い葉をつけて夏をしのぐが、メイガはこれらの植物に対する利用能力が全くないこともわかった。この事実は、メイガが自らが特殊化しているワサビに対する利用能力を持つことと引き替えに、他植物の利用能力が低下するという、適応のトレードオフの存在を示唆した。
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