従来造血ホルモンとして知られていたエリスロポエチン(EPO)の脳・神経系における作用を明らかにするために、本研究では遺伝子改変動物の作製、初代培養系を用いたEPOの作用メカニズムに関する研究を行った。脳におけるEPO産生細胞はアストロサイトであり、その産生は低酸素により顕著に誘導される。脳虚血傷害において海馬領域は特に脆弱であるため、EPOは脳内における低酸素ストレスによるニューロン死に関与するのではないかと考えた。 (1)神経系特異的にEPOの作用を阻害する遺伝子改変動物の作製 γ-エノラーゼのプロモーターの下流にEPO受容体cDNAの細胞外領域を接続し、神経系特異的に可溶性EPO受容体が発現する発現ベクターを作成した。これをマイクロインジェクション法によりマウス受精卵に導入し、トランスジェニックマウスを作成した。得られた産仔の中からゲノムに組み込まれた遺伝子が安定して子孫に伝えられる系統を選出した。 虚血による神経細胞死のin vitroモデルにおけるEPOの作用 脳虚血によるニューロン死は、中枢神経系の主要な神経伝達物質であるグルタミン酸の細胞外異常蓄積による。事実、初代培養ニューロンをグルタミン酸に暴露することによりニューロン死が観察され、虚血による神経細胞死のin vitroモデルとされている。ラット胎児の海馬及び大脳皮質領域より初代培養ニューロンを調製し、グルタミン酸暴露に先立ち培養液にEPOを添加し、EPO存在下でニューロンを培養しておくと、グルタミン酸によるニューロン死がほぼ完全に抑制された。EPOがグルタミン酸によるニューロン死を抑制するためには、EPOによる細胞外からのカルシウムイオンの流入が必要であること、新規の蛋白合成が必要であることを明らかにした。
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