本研究では、血液と組織におけるコカインおよびコカエチレンの死後安定性、並びにコカインおよび死後産生エタノールを含有する腐敗試料におけるコカエチレン産生の有無を明らかにすることを目的とした。まずコカインおよびコカエチレンの死後安定性を検討するため、家兎にコカイン20mg/kgおよびエタノール2g/kgを同時に経口投与し、その20分後に心臓血、肝臓、脳および大腿部筋肉を採取してそれらを室温(20-25℃)に5日間放置した。試料採取時のコカインおよびコカエチレンの濃度は、脳>肝臓>大腿部筋肉>心臓血の順であり、個体差が大きかった。コカインは心臓血と肝臓において非常に速やかに分解したが、脳と大腿部筋肉では5日後においてもそれぞれ12.0±8.5%および26.2±19.4%残存していた。コカエチレンの分解速度はコカインよりも緩やかであった。心臓血のpHは5日後まで7.4付近を示したが、その他の試料では1日後6.2〜6.7となった。次に法医解剖例から得られた血液、肝臓、脳および大腿部筋肉をそれぞれグルコース溶液中でホモジネートとし、37℃で24時間腐敗させた。内因性エタノールの存在(0.29-0.60mg/g)を確認後各ホモジネートにコカイン10μg/gを添加し、室温および37℃に24時間放置した。その結果、いずれの温度においてもコカイン濃度の低下は認められず、コカエチレンは全く検出されなかった。腐敗させたホモジネートのpHは4.2〜5.2であった。本研究において、1)コカインおよびコカエチレンは死後においても残存するエステラーゼ活性により分解されるが、コカエチレンの方がコカインよりも安定であること、2)脳および骨格筋は死体におけるコカインおよびコカエチレンの分析試料として適していること、3)酸性条件下ではコカインは腐敗試料においても安定であること、および4)コカインおよびエタノールの存在下でも腐敗細菌によるコカエチレンの産生は起こらないことが明らかとなった。
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