本研究では、歯の成長線は生体リズムが形態として表現されたものであることに着目し、一日を周期の基本とするサーカディアンリズムに関してその発生機序を明らかにすることを試みた。 1.歯の形成リズムを駆動する時計機構の同定 リズムの中枢機構として知られる脳の視交叉上核の破壊によって象牙質に出現するサーカディアンリズムがどのような影響を受けるかについて検索した。その結果、視交叉上核が破壊された動物では、それまで観察されたサーカディアン周期の成長線が完全に消失した。視交叉上核の一部が破壊された個体では、手術後サーカディアン周期の成長線が再び発現するまで数日の期間を要した。また、視交叉上核以外の部位が破壊された個体においてはサーカディアン周期の成長線に影響が認められなかった。 2.象牙芽細胞の機能におけるサーカディアンリズムの証明 中枢からの入力を受けた末梢の象牙芽細胞がどのように層線形成リズムを表現しているのかを明らかにするために、標識されたアミノ酸を一日のいくつかの時間帯に投与し、それらがどれだけ象下芽細胞に取り込まれ分泌されたかをオートラジオグラフィを用いて測定した。その結果、象牙芽細胞の基質合成分泌活性はラットの休息期である昼間に高く、活動期である夜間に低いサーカディアンリズムを示すことが明らかになった。また、標識されたアミノ酸を浸透圧ポンプを用いて恒常的に投与したところ、象牙質内に分泌された標識アミノ酸の分布に周期的な変動が存在し、またそれらは成長線の層線構造と類似していた。 以上の結果から、象牙質形成は脳内の視交叉上核によって生じるサーカディアン周期の振動の情報が何らかの経路を経て象牙芽細胞に伝えられ、昼に高く夜に低い基質合成活性を示すと考えられる。象牙質の成長線は直接的にはこの象牙芽細胞の基質合成能における規則的な変動によって生じる現象であることが明らかになった。
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