研究概要 |
本研究では、もはや新規な教育上の工夫ではなく、日常的に教育現場で実践されているコンピュータ利用授業が児童に与える影響を,テクノロジーを積極的に用いるコミュニティに子供達が参入していく過程で,どのようなアイデンティティが付与されるか、という観点から分析することを目的とした。申請者のこれまでの研究では、伝統的な小学校の算数科授業において、教師およびカリキュラムによってコントロールされた道具使用が、児童に学校特有の算数観(定められた方法で正解を導けばよい)を身に付かせることが示され、そのことが小学生としての役割・アイデンティティの付与につながっていることを示唆してきた。コンピュータは情報リテラシーの育成という目的を持って、情報の受け入れ方の学習に役立てる意図で導入が進んでいるが、本研究におけるコンピュータ利用活動のビデオ観察、教師へのインタビューが示すことは、単にコンピュータを教室に持ち込むことだけで、児童の学校特有の算数観が変わることはなく、かえってコンピュータの提示資料を確実な情報として内容の吟味・検討なくうけいれるといった現象が起こり得るということである。こうしたことから、コンピュータは真実を提示する道具ではなく、真実性の検討を含む情報の収集、加工の道具であるという情報リテラシーの徹底が今後必要であることが示唆される。またこのことは、学校において児童が習得し、運用することが求められている「知識」とは何か、という問題を含む(有元,1997・「知識の起源は個人の頭の中か状況の中か」.心理学の中のディベート.ナカニシヤ出版.)。本研究で新たに焦点化されたアイデンティティと情報リテラシーの問題は、いまだ研究上の焦点が十分にあてられていない対象であり、教科書のような「オーソライズされた情報源」からの知識の伝達が中心的である学校教育で、インターネットのような「オーソライズされていない情報」の探索・収集がどのような認知的インパクトを児童および教師に与えるのか、という点を児童のアイデンティティとの関係で明らかにしていく作業を今後予定している
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