本研究は、アンチセンスRNA増幅法の導入により、ウミウシという各種の遺伝子の塩基配列が未知の動物について、古典的条件付けによる神経細胞での遺伝子発現量の変換を検出することを当初の目的として行った。遺伝子発現を検出するためには各遺伝子のDNAプローブが必要であり、神経可塑性に関与する可能性のある遺伝子としてPLC、CREB、PKC、TRK遺伝子、および全mRNA量の指標として解糖系酵素GAPDHの遺伝子のDNAプローブを作製した。文献とのDNAデータベース検索により各遺伝子の保存性の高い領域を探し、それに相当するDNA断片をラットまたはマウス脳cDNAからPCR法にて増幅し、精製してプローブとした。これらのプローブが軟体動物腹足類に対して使用可能かどうかを、モノアラガイ中枢神経系からジゴキシゲニン標識アンチセンスRNAを作製し、ドットブロットハイブリダイゼーション法で判定した。その結果、複数のプローブが使用可能なことが確認されたが、いずれもシグナルが弱く、単一神経細胞レベルでの検出は困難であると思われた。アンチセンスRNAを電気泳動で観察すると比較的短いRNA断片が多く、テンプレートである2本鎖cDNA作製法に問題があることが示唆された。cDNA作製法を改良するためにはcDNA合成効率を見積もる指標が必要であると考え、モノアラガイras遺伝子の部分塩基配列の決定を行ない、PCR法により検出することで指標とした。その結果、これまでのcDNA作製法ではモノアラガイ中枢神経系約2万分の1個分のcDNAからras遺伝子発現が検出された。現在はcDNA作製過程を改良しており、予備実験では少なくとも100倍程度増やすことが可能となってきている。モノアラガイ中枢の神経細胞数が約2万5千個であることを考え合わせると、今後、単一神経細胞レベルで遺伝子発現量が測定できるものと考えている。
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