海馬スライス標本を用いたシナプス前カルシウム測定法の時間的・空間的分解能を改善し、ミリ秒ないし単一神経終末レベルでの測定を可能にした。蛍光カルシウム指示薬rhod-2のAM誘導体を入力線維層に注入するとスライス標本においてシナプス前終末部だけに選択的にrhod-2を負荷することができる。特にCA3野苔状線維シナプスでは中枢シナプスとしては大型な単一神経終末(径3〜5μm)を蛍光観察することが可能である。このように処理した標本において、活動電位に伴うカルシウム流入の様なミリ秒レベルの速い変化を検出するためにベッセル型フィルターを用いた高速低雑音測定系の開発を試みた。フォトダイオードで測定した蛍光シグナルをベッセル型高域遮断フィルターを通過させノイズを軽減させると、入力線維の単一電気刺激に応じて上昇時間が数ミリ秒程度の速い蛍光シグナルの増加を測定することが可能である。また、上記のシナプス前カルシウム測定法を用いて、海馬シナプスにおけるグルタミン酸自己受容体の作用機構を検討した。CA1野シャーファー側枝シナプスでは代謝調節型グルタミン酸受容体(mGluR)を介してグルタミン酸の放出が低下するが、この作用はシナプス前終末へのカルシウム流入の低下によることを明らかにした。また、CA3野苔状線維シナプスではCA1野とは異なるmGluRサブタイプ(mGluR2/3)が選択的に発現し伝達物質放出を抑制することを示した。さらにこのCA3野でのmGluR2/3によるシナプス前抑制機構は、Cキナーゼ及びcyclic AMPを介して抑制されることを明らかにした。海馬神経回路の機能がその活動状態に応じてhomosynapticないしheterosynapticに複雑な制御を受けている可能性が示唆された。
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