同一種内の個体による食性の差異は個体群の生存と摂餌戦略を考える上で注目すべき現象である。本研究では個体レベルでの中・長期的食物履歴を示す食物段階の指標として有効な安定同位体比を用いて、天然の魚類における食性の個体差を調べた。 表層系の魚種として相模湾のカタクチイワシを対象とした。分析に供した個体は変態期直前のシラスと、性的成熟直前の成魚である。胃内容物を取り除いた後、魚体の湿重量を測り、60℃で乾燥した。乾重量を測定してから、魚体を丸ごと擦り潰し、半量は脱脂処理を行なって乾燥、他方は無処理で、それぞれを還元銅、酸化銅、銀箔と共に石英管に入れ、真空を引いた後800℃で完全燃焼した。気体分離機で二酸化炭素と窒素ガスを分離し、C:N比を測りパイレクス管に封入した。分離した窒素または炭酸ガスを質量分析計にかけ、それぞれのδ^<13>Cとδ^<15>Nを測定した。脱脂処理により窒素の同位体比が変動することが予備実験で明らかとなったため、脱脂標本のδ^<13>Cと非脱脂標本のδ^<15>Nを安定同位体位の測定値として用いた。シラス、成魚のいずれにおいても安定同位体比の分布は大きく2群に分かれ、安定同位対比の個体による差は窒素で最大約1.7‰であった。一般に食物段階が一つ上がると窒素の安定同位体比が3-4‰高くなることが知られている。したがって、今回対象としたカタクチイワシは食物段階の異なる2群からなり、最大で0.5食物段階の個体差があったと考えられる。 このほか、中層系の魚種として相模湾でオニハダカ類3種とキュウリエソを採集した。これらの試料については現在解析中である。
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