個体レベルでの中・長期的食物履歴を示す食物段階の指標として有効な安定同位体比を用いて、一昨年度は表層性の魚類(カタクチイワシ)、昨年度は相模湾のエビ類、オニハダカ等の中・深層性の生物を対象として食性の個体差を調べた。本年度はこれら動物群について補足的な試料分析を行うとともに、研究を総括した。 分析に供した個体は淡青丸の研究航海等で得たカタクチイワシ、オキアミ類、遊泳性エビ類および中・深層性の魚類である。供試生物の胃内容物を取り除いた後、湿重量を測り、60℃で乾燥した。乾重量を測定してから、燃焼法により極低温下で二酸化炭素と窒素ガスを分離し、質量分析計を用いδ^<13>Cとδ^<15>Nを測定した。 カタクチイワシでは、シラス、成魚のいずれにおいても安定同位対比の分布は大きく2群に分かれ、個体による差は窒素で約1.7‰であった。一方、中・深層に生息する遊泳性エビ類では、常に深海に生息し、懸濁食性の強いシンカイエビが鉛直移動を行う多の2種に較べ、有意に異なるδ値(δ^<13>C低、δ^<15>N高)を示し個体差も大きかった。後者の2種のうち、ベニサクラエビでは大型ほどδ^<15>N値が高い傾向を示し、消化管内容物の解析結果(強い肉食性)と一致した。サガミヒオドシエビでも同様の傾向はあったが、ベニサクラエビほど顕著ではなく、比較的小型のうちから高次栄養段階の餌を摂食することが示唆された。また、鉛直移動を行わないオニハダカ属3種のδ^<15>N値に対し、鉛直移動を行うキュウリエソでは約1.5倍の個体差を示し、本種が表層のみならず中層をも摂餌の場として利用している可能性を示唆した。 以上の結果、同種内のδ値を個体別に調べることにより、個体の摂餌特性、摂餌履歴に関する情報が得られ、これらが個体の成長、鉛直移動、生息深度等の生態学的特性と密接に関連していることが明らかになった。
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