海産カニ類では、卵は受精直後に雌親の腹部に生えている担卵毛に付着し、一定の期間親によって保護される。胚の発育が完了すると、卵殻が割れてゾエア幼生が孵化する。最近になって、甲殻類幼生の孵化にプロテアーゼが関与していることが見い出され、本研究はその機能についての形態学的、および生化学的な側面からの解析を試みたものである。 このプロテアーゼは、幼生が孵化した後の「水」(孵化水)に含まれ、疎水性クロマト、陰イオン交換クロマト、およびゲル濾過の結果から、かなり高純度な標品が得られ、分子量は55KDaほどのメタロプロテアーゼであることが判明した。さらに、精製されたプロテアーゼは実際に卵殻の内側の層を溶解することが明らかになり、この酵素が甲殻類幼生の孵化酵素である可能性が強くなってきた。ただ、孵化酵素といっても、その作用は今までの多くの研究により明らかになったウニやメダカの場合とは大きく異なる。つまり、この酵素の機能は、卵殻の主要な層に作用し、卵殻全体を柔らかくしてしまうのではなく、卵殻のごく一部の層を溶解することにより、卵殻内への水の透過性を変化させることにあるらしい。実際の孵化は、卵殻の内部に侵入した水が胚の肛門から腸の逆蠕動により吸い上げられた結果、胚体が急速に膨張することが原因で起こると考えられる。 このメタロプロテアーゼが発見されたことにより、いままでよくわからなかった甲殻類幼生の孵化機構についての実験的研究が可能になってきた。また、この酵素が胚体のどの部位に蓄えられているのかという問題も、ポリクローナル抗体を作ることにより近々解決されるだろう。さらに、この酵素の分泌はおそらく体内時計(潮汐時計)の支配下にあると考えられるが、孵化過程のいつどのようにして胚体外へ分泌されるのか、という問題に対する生理・生化学的な面からの研究が可能になってきている。
|