本研究は日本語を母語としない異文化児が日本の保育所と小学校に参加する過程を参与観察することによって、その参加の過程で見られる子どもと教師の談話の特徴を明らかにすることを目的とする。そこで、本年度は小学校に日本語非母語児が参加する時、どのような言語的相互行為が展開するのか検討した。分析リソースとなるデータは宮城県仙台市内の小学校において参与観察を行うことによって得られた。観察フィールドは、就学前施設(保育所)で観察をしていたウクライナから来たロシア語を母語とする子どもが入学した小学校のクラスの国語の授業である。観察期間は日本語非母語児の入学から一年の間である。各学期に一度ビデオ記録を得た。ビデオ記録以外にも当該児、担当教師、当該児の親との接触を持ち、適宜インタビューなどを行った。ビデオカメラで記録された授業場面は、繰り返し視聴され、分析の焦点となる場面に関して詳細なトランスクリプトが作成された。教師は若手の男性教師。当該児は日本における保育所生活が長く、日常会話では日本語の発話には文法的な誤りはあるものの、理解にはほとんど支障がない。この小学校には、同じ学区にある保育所から入学した。教室は、伝統的な箱形教室で、生徒数も40名前後の標準的な数である。 授業中の教師によるADに対する言語的な関わりのある出来事は、一学期4回、二学期4回、三学期5回であった。この内、参加促進談話は、一学期1回、二学期1回、三学期3回であった。これらはどれも教科書の内容に関して意見を求めるものであったが、手を挙げていないのに、教師から意見を求められる者はAD以外にはいなかった。三学期におけADに対する授業促進談話の特徴は次の二点であった。1)ADに個人的に発言を強要せず、「一回も答えてない人」と集団に命令している。2)集団への教師の命令は、実際には意見を発表することを要求しているのにも関わらず、そのことを直接指示せず、意見を発表する手段である「手を挙げること」を求めている。以上の特徴から、ここでの授業促進談話は、「教師の発表強要→子どもの発表」ではなく、「子どもが手を挙げる→教師が指名する→子どもが自分の意見を発表する」という子どもの側から「自主的に意見表明される」という談話を指向していることがわかる。ADのような日本語非母語児にとって、こうしたいわば「強制された能動的参加」が持つ意味が今後検討される必要がある。
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