男性の社会的生活におけるジェンダー・アイデンティティという点での葛藤を、インタビュー調査をとおして探ることに本研究の課題がある。平成9年度は、父子家庭の父親、性的自己同一性障害の当事者たちへの調査を行った。 父子家庭の父親は、とくに離別父子のケースを選んだ。男らしくあることを期待される男性としての公的な職業役割と、親らしくあることを期待される父親としての私的な家族役割との間のアイロニカルな状況に生きる姿のリアルな諸相を描くことが課題であった。とくに離別の場合は、急性的で深刻な父子状況に対応すべく、母子家庭に比べて福祉の制度的援助や世間の同情的配慮が欠如しているなかを生きることをとおして、日常生活と職場生活の双方でアイロニカルな事態が引き起こされ、ジェンダー・アイデンティティが分裂したなかを生きざるを得なくなる。こうした「らしさの葛藤」をどう受け入れて新しいライフスタイルを構築するかという過程のなかに、現代の男性が直面する普遍的な課題が内包されていると見ることができる。 同じように、性的自己同一性障害に悩む当事者たちへのインタビューは、男性から女性へ、女性から男性への双方の立場の2人に調査を行った。男性から女性への性転換を望む場合は、男であることを消す演技をし、逆の場合は、男であることを過剰に表出する演技を行う日常生活の諸相をライフヒストリーに即してインタビューした。とくに思春期と青春期における葛藤は劇的とでもいうべき内容を含んでおり、「男であること」、「男でないこと」状況を生きる姿をとおして逆説的ではあるが、男らしさや女らしさの観念がいかに社会的文化的に構築されたものであるかを浮き彫りにさせている。 今年度は、3ヶ年計画の2年目の研究である。直接の研究成果としては、1年目より取り組んでいた男性学の射程と可能性を文献実証するための基礎作業のまとめを書籍として刊行したことと、男性研究の理論的可能性に関する論文を発表することができたことである。
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